ヤンキーを語るならファンシーも語れ! -ナンシー関と根本敬が見つめた日本-

速水健朗さんの"「ヤンキー論」に必ずつきまとうナンシーの影を追っ払え!"という日刊サイゾーの記事を興味深く読みました。

最近(2009年) 世の中に勃興しつつある「ヤンキー論」と関連書籍を紹介しつつ、その内容を簡潔に紹介しています。

天下の日経もヤンキーに注目! ヤンキーを制する者は日本を制すのか!?【1】

──映画やドラマの中で、今ヤンキーがもてはやされ、それとともにヤンキー文化を扱った書籍も目につくようになった。ゼロ年代も終わりを迎える日本でなぜヤンキーがブームに?? そんな疑問に、社会の

記事で触れられている『ヤンキー文化論序説』も『ヤンキー進化論~不良文化はなぜ強い~』も私は読んでいないのでアレですが、速水さんによると、こうした研究本が出てきた背景には’00年代以降の「クールジャパン」(=オタク文化)に対する揺り戻しとしてのヤンキー文化の復活があるのではないか・・・ということのようです。

ヤンキー文化論序説
ヤンキー文化論序説

ただし、これらの書籍において語られている「ヤンキー」そのものの定義が曖昧で、また、ナンシー関を経由して語られるサブカルチャー寄りの「ヤンキー論」ばかりになっている点も残念。 誰か、社会階級・階層としてのヤンキー論をやってみませんか?・・・というのが速水さんの論点(たぶん)。

・2015年追記:その後、階層としてのヤンキー論として原田 曜平さんの「ヤンキー経済 消費の主役・新保守層の正体」が2014年に発表され話題になりましたね。
ヤンキー経済 消費の主役・新保守層の正体
ヤンキー経済 消費の主役・新保守層の正体

"ナンシー"の影とは?

さて 速水さんの文章の表題にある「ナンシーの影」の、"ナンシー"とはつまり、消しゴム版画家であり コラムニストとしても活躍した故・ナンシー関さんのこと。

"『ヤンキー文化論序説』や『ヤンキー進化論~不良文化はなぜ強い~』が ナンシーさんを経由して語られた"ことのきっかけは、以下のような彼女の有名な発言にあります。

ナンシー:根本敬だったかな 世の中の9割はヤンキーとファンシーでできてるってどこかで書いてた。 市場がでかいよね、不良。 やっぱりヤンキー市場はこの国最大のマーケットだと思う。-ナンシー関・町山広美『隣家全焼 (文春文庫)』より-

発言のうちの特に「世の中の9割はヤンキーとファンシーでできてる」という部分が、ある層の読者にとって とてもフに落ちたというか、合点がいったわけですね。 言われてみれば 確かにそうだよね・・・という。

隣家全焼 (文春文庫)
隣家全焼 (文春文庫)

ただ、上記の引用を見てもお分かりのように、この発言のオリジナルは(おそらく)特殊漫画家の根本敬さんということになっていますね。

根本敬の語るヤンキーとファンシー

ナンシーさんが、根本さんのどの発言・どの文章を見たのかは定かではありませんが、『隣家全焼』発表の数年前に刊行された「月刊漫画ガロ 1994年5月号」掲載の根本敬さんのインタビュー「三代遡ってよく考えろ!!」内に まさしくそのようなくだりが登場します。

月刊漫画ガロ 1994年5月号
月刊漫画ガロ 1994年5月号

引越しをしようと思い立った根本さんが「ツッパリ率の高い町を除外していったところ、東京近郊にはほとんど住むところがなくなってしまった」という話に続いて以下のようなことが語られます。

根本:それで思ったのは、日本人の遺伝子の中に「ツッパリ」というものが初めから組み込まれているんじゃないか、と。 癌なんかももともと染色体の中に情報として入っているわけで、それが何かの刺激によって癌細胞として発病する。 それと同じで「ツッパリ細胞」みたいなものが、染色体の中のどこかの部分に最初からあるんだよ。

では、いったいツッパリ細胞が発病するきっかけはなにか? それを根本さん「ちぐはぐな風景」にあると言います。

根本:「ちぐはぐな風景」ね。田舎と都会が混じった、日本の土着的なものと洋風なものが中途半端に混じったような景色。 向こうのほうに煙を四六時中出しているでかい煙突が見えて、手前には団地がバーッとあって、田ン圃をいい加減にコンクリートで固めたダダッ広い道路が街の真ん中を通っている。(中略) で、まあそういう殺伐とした風景の景色の中にポン、とハイカラな建物があるわけですよ、電飾の。 何かっていうとカラオケボックスなんだよ。でそこが経営している洋風お好み焼きの店が隣にある訳。それもまるでアメリカ西海岸辺りのカフェを意識したような建物で。解るでしょ?

インタビュアー:ネオン管曲げたような電飾があってね。

根本:そうそう(笑)

そして、こうした日本人の「ツッパリ(ヤンキー)」と「ファンシー」の原点にあるのは、西洋文化の独特な受容の仕方にあるのではないか、というのが根本さんの見立てです。

根本: 黒船が来て明治維新が始まって、戦後はアメリカの植民地になって、日本の美的感覚、カッコいいもの、かくありたい、というのはどうしても西洋・欧米的になってしまっている。で、日本人の西洋思考がどのように結実したかというと、永ちゃんとサンリオだと俺は思うんだよな(笑)。 永ちゃんの横文字とファンシーグッズ。サンリオを二流三流にしたような、いわゆる地方のお土産売り場にあるようなセンス。西洋的なものを志向するかぎり、大多数の日本人はレベルが低いから「ツッパリ」と「ファンシー」の影響下にハマッちゃうんだよ。

ここでは根本さん「ヤンキーとファンシー」ならぬ「ツッパリとファンシー」という言い方をしていますね。

速水さんが、従来のナンシー関経由のヤンキー論だけではつまらない・・・と語るように、「ヤンキー(=ツッパリ)」という現象だけでなく、個人的には その背後にある「ファンシー」という独特の美的感覚を深く掘り下げた研究も期待したいと思っています。

電気菩薩―豚小屋発犬小屋行きの因果宇宙オデッセイ〈上〉
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